110歩目「サドベリーは教育か?その4」

  • 2017.11.17 Friday

  • 「サドベリーは教育じゃない」
    という言葉を受け
    4回にわたって書いてきた
    ダレトクな話しも、今回で〆です。

     

     

     

     

    ■主語の大きさ■

     

     

    同じ話をしているにも関わらず
    いつまでたっても、
    話しが平行線なんてことがあります。

     

     

    私もよくしてしまうのですが
    後で「なぜそうなった」と考えてみると

     

    話している物事に対しての
    「主語」の大きさが違う
    なんてことがよくあります。

     

     

     

    例えば
    「関西人って、必ず話しでオチつくるよね」
    「そうそう!関西人はオチの無い話すると怒るよね」
    なんて会話をしたとします。

     

    一見すると普通の会話ですが
    「関西」と「大阪」では、指す範囲が違うので
    微妙にニュアンスが変わってきます。

     

     

     

    これだと
    京都からは
    「大阪と一緒にせんとってくれはりますか」とか
    神戸からは
    「何言っとん?そんなん武庫川より東の話でしょ」とか
    聞こえてきそうです(あくまで想像)

     

     

    「どこの」「誰の」「いつの」「なにが」といったことを合わせないと
    「ネパール人」がやっている「インド料理店」の「ナンとキーマカレーのセット タンドリーチキン付き」
    のように、インド人もビックリな、なんのこっちゃわかないことになったり
    いらぬ誤解や間違い、時には諍いを引き起こすこともあります。

     

     

    ■4回も書いてて、それかい!■

     

     

    前回
    「明治以降の日本の公教育は、アメリカなどに影響を受けた」
    「今までの狭義の教育から、広義の教育に転換した」
    ということは「公教育とサドベリーは一緒」としました。

     

     

    しかし、現実は違う

     

     

    思えば当前で
    「広義」だと、主語が大きすぎて
    公教育も、サドベリーも含まれて当たり前なのです。

     

     

    そして、見比べる対象(時代背景など)が違う

     

    しかも、江戸時代には、誰でも受けれる「公教育」はないので
    ここも、比較対象が少しズレている。

     

     

     

    さらに、サドベリーはボストンが発祥ですが
    アメリカは州によって公教育の内容も違うので
    冒頭の言葉を言ってくれた外国の方は、どこの出身で
    どこで教鞭をとっておられるのか
    など、情報のすり合わせが出来ていません。

     

     

    結局結論としては
    サドベリーは、広義で教育に含まれる
    けれども、主語を変えていくと
    教育でなくなる場合もある
    です。

     

     

    4回も書いてきて、結果それかい!

     

     

    ■最後に■

     

     

    私の持論で
    「教育は、究極の投機で、結果は、人生の終えんで、初めてわかる」
    と思っています。

     


    そして
    「否定からスタートして、否定することがその存在の拠り所なら、否定に否定されて終わる」
    と思っています。

     

     

     

    実は冒頭の言葉をくれた外国の方は
    「それぞれの教育には、それぞれ良いところがある
     悪い所を否定するのではなく
     良いとこどりできたなら、より良いものができると考えてます」
    と言っていました。

     

     

    もっと話をお聞きしたかったなぁ・・・

     

     

    サドベリーは、教育の完成形で
    何よりも優れているとは思っていません。

     

     

    職業柄、教育に関することに触れる機会は多くありますが
    出来る限り主語の大きさを合わせ、背景を知って論じたり
    情報の更新ができるかが、常に私の課題です。

     

     


    109歩目「サドベリーは教育?その3」

  • 2017.11.09 Thursday

  • 少し間が空いてしまいましたが

    前回の「その1」「その2」からの続きで

    「教育」の語源から、サドベリーについて考えてみます。

     

    ■そもそもの意味(原義)■

     

    「教育」という言葉の初出例は

    『日本大百科全書』によると

    『孟子』の「天下の英才を得て、これを教育する」という一節とのこと

     

    原義としては

    「「教」は「學」(ならう)と「支」(軽くたたいて注意をあたえる)との合字で、

     「上から施されたことを下からならう」」

    「「育」の方は、「月」(肉月)と「子」の転倒した姿からできていて、

     出産場面を象徴しているともいわれ、「養う」」(『日本大百科全書』より)

    とのこと

     

    日本でも

    かなり昔から輸入され、言葉自体はあるものの

    実際に使われ(書かれ)始めたのは、江戸時代以降

     

    ただ、「上から施されたことを下からならう」というニュアンスは同じでも

    「おしえる」「そだてる」「やしなう」「しつける」「おそわる」「ならう」などといった和語が一般的で

    漢語でも「教化」の方が多く使用されたそうです。

     

    「教育」という言葉が、広い意味も含め定着していくのは、明治以降

    欧米文化が広く浸透し

    「education」の翻訳として広まっていきます。

     

    ■英語の語源は思い込み■

     

    では、英語の「education」の語源はというと

    諸説があって不明

     

    一説では

    「ラテン語のエドゥカーレeducareに起源がある(略)

     educareは、「外へ」という意味をもつ接頭語e-と、「引く」という意味をもつ動詞ducareとの合成語で、

     「(子供の内側にある)能力を外に引き出す」という意味をもつと解釈されてきた。

     ドイツ語でも、同様にラテン語educareの趣旨を取り入れて(略)造られている。(『日本大百科事典』より)

    とされてはいるものの

     

    「「教育とは、語源的には詰め込むことではなく、引き出すことである」という解釈は、

     なかば思い入れが込められた「改釈」で、それがいつのまにか通説として流通するようになった、

     というのが真実であるように思われる。」

    と、『日本大百科事典』では綴っています。

     

    とはいえ「能力を外に引き出す」という説は

    昔から欧米に浸透しているものであるのは、間違いないようです。

     

    ■公教育とサドベリーは同じ!?■

     

    「上から施されたことを下からならう」が、当たり前だった日本人にとって

    「能力を引き出す」というニュアンスは

    カルチャーショックだったのは想像に難くなく

     

    追いつけ追い越せの風潮の中

    クラーク博士やモース博士のような「お雇い外国人教師」が多くいたり

    公教育を、アメリカ、ドイツ、イギリスに倣って作り上げた(特に「問答法」)のは周知の事実で

    そもそも、明治以降日本の教育は「広義」での「教育」ということです。

     

    あれ?

    ということは、前回言っていた

    公教育は狭義の意味での教育、という考えは間違いで

    公教育も広義の意味なんだから、

    サドベリーと相反するものではなく、むしろ一緒

    ということになります。

     

    言葉上は一緒でも

    実際が違う

    ということになっちゃいます。


    それでいいのか!?

    の話は、もう1週引っ張って

    次週します。

     

    小見出し的には

    ■主語の大きさ■

    です。

     

    ご期待…しないで、お待ちください。

     

     

     

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    『Profile』


    阪上 暢義 (のぶ)

    兵庫県宝塚市在住
    関西大学文学部史学地理学科を卒業
    サラリーマンを経て、中学教員を10年続け、2015年度より西宮サドベリースクールのスタッフとなる。
    恐竜とLEGOと社会と音楽と映画と…
    とにかく好きなことが多い
    (心は)16歳。






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