92歩目「信じる」

  • 2017.06.01 Thursday

  • 何かを想像し、創造することは

    唯一ホモ・サピエンスのみが持っている能力なんだとか

     

    そして、どんなに賢くとも

    仲間や集団として認識できるのは

    150人が良いところなんだそうです。

     

    しかし、唯一持つ想像力から産まれた

    何か

    例えば、宗教や秩序、紙幣に常識など

    これらを信じるという力は

    150人をはるかに超え

    1億、3億、10億という集団を作り上げました。


    しかしながら同時に

    少数同士での排他的行動あったものが

    大多数での少数への排他的行動

    もしくは、大多数同士による排他的行動となり

    それらに対するアンチテーゼ的な排他的行動をも産み出してきました。

     

    今、サドベリースクールは、圧倒的少数です。

     

    スタッフとして、

    多が少を排他することへのアンチテーゼや

    いつか多数になった時に、少を圧倒しするなど

    信じることが妄信となり、視野狭窄に陥ることのないよう

    バランスを保つことが、3年目の個人テーだったりします。

     

     

     

     ー西宮サドベリースクールー
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    89歩目「反省」

  • 2017.05.11 Thursday

  • 私事ですが

    自ら話題を作って、人に話しかけていくというのが苦手です。

     

    ざっくばらんに言うと

    「なーなー聞いてやぁ」ってやつですね。

     

    自分の意見を人に披露するのも苦手です。

    議論も苦手だったりします。

     

    人見知りというのもありますが

    自分の意見なんか

    なんていう卑屈さなんかも

    あったりなかったり

     

    サドベリーの子どもたちも、もちろん人それぞれですが

    子どもたちの様子を見たりなどで

    「意見は言う方がいいのかなぁ」

    などと、実践してみたところ

     

    どうやら大失敗。。。

    大反省です。。。

     

    てか「聞き上手は話し上手」というので

    そもそも「聞き上手」ですらないということかもしれません。

     

    いやはや、子どもたちの率直な意見

    ありがたいものです。

     

    あ、会話すること自体は好きですよ

    身の無い会話と笑いをとるのは、特に大好物です。

     

     

     

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    85歩目「そして1年」

  • 2017.03.23 Thursday

  • 今年度も1年間スタッフをやり終えました。

     

    自己評価でいくと

    忘れっぽく

    計画性はそこまでなく

    アイデアマンでもなく

    口だけはそこそこ巧い

    人物的にも、まだまだ青二才

    わかった風には出来ても、所詮は「風」

     

    総合すると、60点の及第点

     

    それでも、
    (もちろん、まだまだですが)

    出来ることは出来るなりに出来たとは思っています。

     

    大丈夫か?と自問自答しつつ

    そんなこんなで、西宮サドベリースクールのスタッフは

    毎年の選挙制によって選ばれるのですが

    来年度もスタッフをやらさせて頂くことになりました。

     

    なんでも

    1年目で慣れ

    2年目でこなし

    3年過ぎたら、ようやく1人前の1歩目

    なんて言います。

     

    ブログでは、なるべく堅苦しいのは避けようと

    特に易も害もない内容ばかり書いていましたが

    さて、来年度はどうするかまだ思案中です。

     

    兎にも角にも

    来年度も、スクール共々

    どうぞよろしくお願い致します。

     

     

     

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    84歩目「魅力」

  • 2017.03.16 Thursday

  • 魅力のあるものには、

    自然と皆が惹きつけられます。

     

    とはいえ、何に魅力を感じるかは

    個々人の趣味や嗜好によって様々

     

    私の場合、魅力を感じる1つが

    恐竜とLEGO

     

    最近、スクールの生徒が

    LEGOで出来たジュラシックパークのゲームを持ってきて
    2人協力プレーを誘ってくれます。

     

    そして、ついつい

    「この恐竜はさー」とかって話してしまう自分がいます。

    (恐竜に目覚めないかなという、少しの期待もありつつ)

    このダブルパンチの魅力に対し

    生徒が「今日はやらない」という日には

    ちょっとテンション低めだったりします。

     

    LEGOと恐竜を満喫しましたという

    何の中身もないブログでした。

     

     

     

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    82歩目「批評のすゝめ」

  • 2017.02.27 Monday

  • 最近、ニュースをちょいと賑わせている「教育勅語」

    それに伴う「教育勅語」への意見、批判、批評のあれこれ

     

    私自身のそれらに対して良いのか悪いのかは

    私が言える立場でもないので、明言はしませんが

    せっかく歴史事と教育事にスポットが当たっているので

    大学で教えてもらったことを、自分自身への復唱もこめて書いてみます。

     

    結論から言うと

    「正しく疑いなさい」

    これが大学の歴史学で教えてもらったことです。

     

    まず、何かを調べるにあたって

    今ある「史実(歴史的事実)」や「定説」を疑うこと(ホントに?なんで?どうなんだろう?など)がスタートです。

    ただし、自分の経験則や知識、感覚のみで疑うというのは(とっかかりはそれもありですが)お話になりません。

    その場合、もし誰かと意見を相対することになった時

    それはただの批判でしかなく、議論の余地もなく、答えは平行線で解決もなく、

    悪い意味で「あなたはあなた、私は私」という排他的結論に至り

    建設的な何かを生み出すというのは、中々ありません。

     

    そうならないためには、

    1にも2にも「証拠」「根拠」となりうる何かを見つけ出し、示すこと

    そして、自分が構築した意見を、自分で批評してみること

    さらに、第三者によって確認をしてもらうこと

    この積み重ねに限ります。

     

    この手法、何も歴史学の中だけのことではありません。

    例えば「1+1」の答えを指を折るなり、リンゴを置くなりして証明していく

    答えが出たら、もう一度その証明が正しいか確認(答えが「2」でない場合を考えたり、再証明する)

    第三者にも確認してもらう。

    科学なら、実験の積み重ね

    カップ麺なら、新しい味の研究をして試食を重ねて、、、

    言われなくともそらそうだ、なことなんです。

     

    ところが一転

    歴史や教育となると、そもそもの答えが曖昧

    むしろ答えがないのでさぁ大変

    批判の応酬に終始し、ちっとも解決をみないなんてことがままあります。

    個人的に、残念でなりません。

     

    ちなみに今回槍玉にあがった「教育勅語」の全文はこうです。

     

    外薀柾陬好訥叱
    朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹ツルコト深厚ナリ我カ臣民克ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世々厥ノ美ヲ濟セルハ此レ我カ國體ノ精華ニシテ外薀諒ジ史鰌薀忘.紡献梗た談栄稱譽帽Д坊残錺僕Д防徂愾袁促景友相信シ恭儉己レヲ持シ博愛衆ニ及ホシ學ヲ修メ業ヲ習ヒ以テ智能ヲ啓發シ徳器ヲ成就シ進テ公益ヲ廣メ世務ヲ開キ常ニ國憲ヲ重ジ國法ニ遵ヒ一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ是ノ如キハ獨リ朕カ忠良ノ臣民タルノミナラス又以テ爾祖先ノ遺風ヲ顯彰スルニ足ラン


    斯ノ道ハ實ニ我カ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ子孫臣民ノ倶ニ遵守スヘキ所之ヲ古今ニ通シテ謬ラス之ヲ中外ニ施シテ悖ラス朕爾臣民ト倶ニ拳々服膺シテ咸其徳ヲ一ニセンコトヲ庶幾フ


    明治二十三年十月三十日
    御名御璽
     

    特に良く言われるのが、12の徳目(訳については諸説あり)

     

    一、父母ニ孝ニ (親に孝養を尽くしましょう)

    二、兄弟ニ友ニ (兄弟・姉妹は仲良くしましょう)

    三、夫婦相和シ (夫婦は互いに分を守り仲睦まじくしましょう)

    四、朋友相信シ (友だちはお互いに信じ合いましょう)

    五、恭倹己レヲ持シ (自分の言動を慎みましょう)

    六、博愛衆ニ及ホシ (広く全ての人に慈愛の手を差し伸べましょう)

    七、学ヲ修メ業ヲ習ヒ (勉学に励み職業を身につけましょう)

    八、以テ智能ヲ啓発シ (知識を養い才能を伸ばしましょう)

    九、徳器ヲ成就シ (人格の向上に努めましょう)

    十、進テ公益ヲ広メ世務ヲ開キ (広く世の人々や社会のためになる仕事に励みましょう)

    十一、常ニ国憲ヲ重シ国法ニ遵ヒ (法令を守り国の秩序に遵いましょう)

    十二、一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ (国に危機が迫ったなら国のため力を尽くし、それにより永遠の皇国を支えましょう)

    (全文訳文ともに『ウィキペディア』より)

     

    制定された時代背景や、文化その他諸々も含めて考えなければならないことなので

    良いとか悪いとか、そんなのは抜きにして

    とりあえず、文章のみ完全否定(「しましょう」を「しません」)で読んでみると、

    それだけでも、また違った風景が、色々と見えてくるかもしれません。

     

    これ、自分の意見にもやってみると

    存外楽しかったりするので、お勧めです。

     

    とはいえ、そんなこととは関係なく

    すくすく育っている子どもたちを見て、ほっこりしたのでありました。

     

     

     

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    81歩目「発想力」

  • 2017.02.23 Thursday

  • 私事ですが

    映画が好きです。

     

    何がと問われれば

    脚本、セリフ回し、カメラワーク、編集、サントラ

    色々とありますが

    俳優の演技も、その1つです。

     

    実写の映画であれば生身の人間なので、

    その人が持つ演技の引き出しや、声のトーン、細かい仕草、

    はたまた演出家の意思などで表現すればいいのですが

    CGとなれば

    ゼロから作り上げていく必要があります。

     

    しかも面白いのが

    余りにも本物の人間のような動きにすると

    「不気味の谷」と呼ばれるものに陥ってしまうこと。

    かといって省略し過ぎると

    面白みに欠け、チープになるので

    いい塩梅での動きや見せ方、作りこみが大事となります。

     

    ところがアニメ系のCGだと

    不気味の谷も超えやすく

    少々の省略(逆に作りこみすぎると、主体がぼやけてしまう)

    デフォルメやオーバーな動きでも、全然受け入れられます。

     

    なるほど、だからフルCGものの映画は

    今でもアニメ系のものがほとんどで

    実写に近づけようとしちゃうフルCGものは、あまり流行らないのかな

    (単純に脚本などの甘さもあるでしょうけど)

    実写で使用するCGが、

    今でもなるべく古典的な方法や実物を織り交ぜたりするのに落ち着いて

    ちゃんと棲み分けが出来ているということなのかな

    (数年前に、CGが今以上の技術を得て多用されるようになると、

     俳優やスタントマンは廃業となるという話がありました)

    などと考えつつ

    子どもたちが『ペンギンズ』を観ていたので

    ちらっと一緒に鑑賞

     

    単純に、面白かったです!

     

    この発想力に脱帽出来るのも

    映画が好きな理由の1つです。

     

     

     

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    79歩目「冒険者4」

  • 2017.02.09 Thursday

  • まとめる力と文章力の無さで、長くなっているこのタイトル

     

    1回目は「社会性と食べていく手段を身に着けるのが教育の目的」への考察

    2回目は「現在行われている教科と照らし合わせ」ての考察

    3回目は「歴史的背景から、教育の変遷」の考察

    をしました。

     

    そして4回目

    もう一歩踏み込んで、結論を…書きます。

     

    さて前回、小さな一部の世界(社会)だった生活が徐々に大きくなり

    国や戦争の在り方が、一部から全体に変わったことが

    教育もまた、一部から全体へと変えていった書きました。

     

    具体的な数字で見ると

    明治33年に小中義務教育が無償化になると、就学率が90%を超え(明治10年以降は、ほぼ100%)

    今でいう高校、大学は明治10年で就学率1%未満

     

    戦後になると

    高校は昭和35年10%程度、昭和49年に90%を超え、平成27年97.5%

    大学は昭和35年8%程度、昭和49年25.1%、平成27年56.7%

     

    この数字からは、「1億総中流」「所得倍増計画」「日本列島改造」などが掲げられた

    戦後日本の復興と成長と共に、就学率が上がったことが見て取れます。

     

    それは、

    高学歴(高卒以上)である人が社会人として増えたことを意味し

    それが当たり前の流れになっていったということです。

     

    多くの人が、ある同じ事柄を共有できるようになると

    当然の帰結として、ある種の「画一性」が産まれます。

    「画一性」は、「社会性」と「安定性」を産みますが

    反面、「多様性」と「臨機応変」は失われます。

     

    日本の学校制度で見れば

    組織の巨大化と人口増(就学率増)が、「多様性」を排除し、

    社会の変化や、ミクロでの変化に「臨機応変」な対応ができなくなり

     

    そしてこの数年

    「多様性」が叫ばれ、現状への反発も含めて

    全国に数多の「学校法人以外の学校」ができ

    「教育機会確保法」ができたのは、知っての通りです。

     

    しかし、私個人としては

    あえて言いたいことがあります。

    「教科」というくくりだけで見れば、生きていくうえで必要不可欠ではないのは事実です。

    しかし今の日本の識字率、技術力、計算力の高さはもちろん、

    自動販売機が溢れ、キレイな道路でラーメン屋にきちんと並ぶ風景

    何よりも「行方不明の子ども」「子どもの死亡率」の低さ

    要するに、「社会性」と「食べていく手段」を作り上げてきたことは見逃してはならないでしょう。

     

    そして、これらを作り上げてきたのは、

    他ならぬ「画一的」な教育を受けてきた人たちということ

    その人たちが、私たちの親であり祖父母であることは、忘れてはいけないことです。

     

    この事実と長い歴史をないがしろにして

    敵対視し、反抗していくことは

    「多様性」と謳いながら、「多様性」を認めていないと思います。

    「社会性」と言いながら、「社会性」を否定していると思います。

     

    最後に

    「画一性」と「多様性」は相反すると書きましたが

    個人的にこの考えは、西洋的な一神教的な発想だと思っています。

    集合体が産まれれば、一程度の「画一性」は生まれます。

    しかし「画一的」でありながら「多様的」にはなれます。

     

    それは

    「神仏習合」をいとも容易く実現し

    神社にお参りしながら、除夜の鐘を聴く

    ハロウィンの仮装しながら、ヱビスビールを飲み

    豆を撒いたら、チョコを食べる

    この日本が証明してくれてます。

     

    私には、そんな知恵も知識も行動力もないですが

    この日本人が出来ないわけがないと思うのです。

     

    文章力とまとめる力の無さに辟易しながらも

    これで一旦筆を置いておきます。

     

     

     

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    78歩目「冒険者3」

  • 2017.02.03 Friday

  • 前々回から、書いているこの駄文

    今回で〆たいと思ってますが

    どうなることやら・・・

     

    さて、義務教育の歴史が〜と書いておきながら

    義務教育や、カリキュラムの変遷を紐解くとなると

    日本だけでも本一冊では足りないので、さすがに断念。

    でもざっくりとでも、書きたいので書きます。

     

    先史時代から中世に至り、社会が複雑化していく中で

    ・全員が学ぶ、生きていくのに最低限必要な知識(集団としての規範も含む)

    ・職業別に必要な知識

    ・統治者側の必須教養として、歴史、地理、政治経済(軍事含む)

    といった具合に、わかれていくのですが

    要はそれぞれが、それぞれの小さな世界で生きていくためのものを学ぶにとどまっていました。

     

    読み書き、そろばんに至っては、特殊技能として区分され

    高官として重宝される時代、国が圧倒的多数です。

     

    余談ですが、

    明智光秀は、「京言葉」を読み書きし、話し、

    「尾張弁」もいけるので、重用されたという話があります。

     

    さて

    よく取りざたされる「江戸(時代区分的には近世)の寺子屋」

    統計の取り方次第なので、ざっくり書くと

    日本全体(北海道、沖縄は除外)での識字率は20%前後

    男女別だと、男40%〜50% 女10%前後

    いわゆる士農工商別に考えると

    武士の割合、扱える文字数は多く

    商人は、割合が高いとはいえ、扱える文字はそこそこ

    農家(名主や庄屋は別)の割合はもっと低くなり、扱える文字はわずか

    地方別にみると、また別の結果が見えてきて面白いのですが、割愛。

     

    教える内容は、地域ごと、寺子屋ごとにばらばらなので一概には言えませんが

    ・読み書きそろばん ・地理歴史 ・儒学(朱子学)がメインで

    「寺子屋」の名前通り

    ・廊下の雑巾がけなどの各種掃除

    ・修行

    ・集団行動での行動規範

    も、多くで行われていたようです。

    ※ちなみに、寺子屋に通っていた子どもは、そのほとんどが次男以下

     寺子屋が増えたのは、江戸後期から明治初頭

     毒を少しだけ吐くと、集団での掃除や整然とした行列が「軍隊からの〜」というのは、

     半分正解、半分不正解です。

     集団登下校は、寺子屋でも多くが行ってましたし 歩き方も身分や場所によって決められていました。

     一人称も決まってましたしね。 

     

    当時の欧米諸国に比べ識字率が「高い」とされるのは

    他の国々がもっと「低い」ということ

    近世、近代に入っても「学校」は、まだまだ一部の人だけだったということです。

     

    とはいえ、近世、近代になって学校が増え通う人が多くなったのは事実

     

    何がその転換期となったのか

    それは「近代」を「近代」と呼ぶ所以の1つ

    「革命」それに続く「民主主義」「資本主義」および「社会主義」が誕生したこと

    それの意味するところは、「統治」と「戦争」が特殊技能ではなくなったということ。

    これが大きいと思います。

     

    日本で言えば

    いくら「寺子屋で識字率が〜」とはいえ、

    当時、九州と東京では言葉が通じないのが常識

    文字も、今でも異字体の「国」「邦」「圀」「國」が残っているように、てんでバラバラ

    規範や常識、歴史観も「お雑煮」よろしくバラバラ

    物の企画も価値も違うので、共通の部品も作れない

    何もかもがバラバラなのに

    民主主義だ、国だ、戦争だ

    といくら言っても、文字通りお話にもなりません。

     

    それは、日本以外でも同じ

    そうなると必然

    「言語の統一」「歴史の一本化」「技術の統一」

    といったことが必要不可欠になっていきます。

    ※残念ながら、女性は除外

     

    そして、必然

    長くなると…

    私の中ではもう少しでゴールなのですが…

     

    こんな文章でも読んでくれている人達に申し訳なく思いつつ

    次回で必ず終わらせます!

     

     

     

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    77歩目「冒険者2」

  • 2017.01.26 Thursday

  • ー匆饑を身につける

    ⊃べていく手段を身につける

    それが教育で一番大事

    という記事から

     

    本当にそうなのか、

    そうだとしたら、今は何が足りないのか

    足りないならどうしたらいいのか

    などなど、無い頭で考察をしてみてます。

     

    まず私の答えは

     

    「確かにその通り」

     

    おそらく、他の多くの方も

    間違ってるか、間違ってないかで問えば

    「間違ってない」となると思います。

     

    では、今は何が足りないのか

    正直、両方とも足りていないと感じます。

     

    社会性は、

    短い教員生活で、実社会との乖離を常に感じていました。

    「社会に出てからが勝負」

    という言葉があることが、端的に示していると思います。

     

    「学校では教えてくれない○○」

    などという売り文句で、書籍や番組などが作られるのはその一端であり、

    少なからず共感し得る文句だからでしょう。

     

    食べていける手段は

    とりあえず社会科に限ると

    99%(1%はそれを生業とする人)必要ありません。

     

    かの征夷大将軍、坂上田村麻呂は料理を教えないですし

    井伊直虎も電気代の払い方を教えてはくれません。

     

    そう考えると、多くの人にとって

    (わかりやすいので教科名で)

     

    社会科は、99%必要なし

    国語、読み書き以外必要なし

    算数(数学)、四則計算のみ

    理科、10%(お湯は氷を入れたら冷めるとか)くらいは必要

    英語(他言語)、日本で暮らすならほぼ必要なし

    技術、知ってて損はなし

    家庭科、調理実習を中心に必要

    体育、必要なし

    保健、20%(手当の仕方)くらいは必要

    音楽、必要なし

    道徳、誰か1人(国や県、市町村)が胸を張って教える必要なし

       家族と親族隣近所で十分

    総合、必要なし

     

    完全に独断と偏見によるものですが

    ー匆饑と⊆蠅某Δ妨造襪箸海Δ覆蠅泙后

    (反論があると思いますが、)

     

    ということは

    日本だけの話ではなく

    学校という存在自体がいらない

    少なくとも「義務教育」というシステムと「カリキュラム」が無用の長物

    ということになります。

     

    ではなぜ、古今東西多くの国々で

    学校という制度をつくり、義務教育をつくり、

    中身に差異はあれど、教科やカリキュラムが存在しているのか

    もちろん「国の政策としてトップダウン」というのはあるでしょう。

    でも、それだけなのでしょうか。

     

    長く書きましたが

    「学校で習うことは役に立たない」と思ってる人は多いはずです。

    古代エジプトでも、古代中国でも

    「学校で習うことは役に立たない」「学校(にあたるもの)をサボる」

    というような記述が残っているので

    今に始まったことじゃないのです。

     

    ということは、いくらでも反発して

    そういう制度自体をなくしちゃったりもできる時間は

    たっぷりあったのにもかかわらず・・・なのです。

     

    とても不思議なので

    ここらも交えて、独り言的考察を次回も続けようと思います。

     

     

     

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    76歩目「冒険者1」

  • 2017.01.19 Thursday

  • 先日読んだ教育に関する記事に

    「教育(家庭や学校も含めた広義の意味)には2つの目的がある

     1つは、社会性のある人間を育てる

     1つは、食べていく手段を身につける」

    といったようなことが書いてありました。

     

    つまりは

     

    いかに大望をかがげようとも

    社会性が著しく欠けていれば、生きていくうえでのハードルは高くなるでしょう。

    (そんなハードルがある世の中がおかしい!といった話とは別に、ただただ単純に)

    たとえ、無人島に孤独に住んでいたとしても

    対人ではない、社会性が生きていくには必要です。

     

    お金を稼ぐにしろ、料理にしろ、自給自足、狩猟採集にしろ

    食べていく手段を持ち得なければ

    当然、生きていくことはできません。

     

    なるほど確かに

    極論ではあれ、この2つを手に入れていれば、

    将来は安泰、くいっぱぐれず、

    贅沢は出来ずとも、安定した人生を楽しむことができます。

    間違いはないです。

     

    そして、多くの人がそうでありたいと願ってもいるはずです。

    親であれば、自分はもちろん、子どもたちの将来も含めて

    我子の幸せを望まない親などは、極々わずかです(そう信じています)

     

    なので、初めの2つが体得できるのであれば

    教育に関する問題は、ほぼほぼ解決されると思います。

     

    みんなが安心で安定して暮らせるのですから

    否定も、文句の言いようもありません。

     

    逆に言えば

    今、教育に関して多くの声が上がっているのは

    この2つが出来ていないからということです。

     

    さてさて、果たして,本当にそうなんでしょうか…

    なんだか、とっても大事な気がしたので

    自分の脳みその整理も兼ねて

    次週に、もう少し掘り下げてみたいと思います。

     

     

     

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    阪上 暢義 (のぶ)

    兵庫県宝塚市在住
    関西大学文学部史学地理学科を卒業
    サラリーマンを経て、中学教員を10年続け、2015年度より西宮サドベリースクールのスタッフとなる。
    恐竜とLEGOと社会と音楽と映画と…
    とにかく好きなことが多い
    (心は)16歳。






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