78歩目「冒険者3」

  • 2017.02.03 Friday

  • 前々回から、書いているこの駄文

    今回で〆たいと思ってますが

    どうなることやら・・・

     

    さて、義務教育の歴史が〜と書いておきながら

    義務教育や、カリキュラムの変遷を紐解くとなると

    日本だけでも本一冊では足りないので、さすがに断念。

    でもざっくりとでも、書きたいので書きます。

     

    先史時代から中世に至り、社会が複雑化していく中で

    ・全員が学ぶ、生きていくのに最低限必要な知識(集団としての規範も含む)

    ・職業別に必要な知識

    ・統治者側の必須教養として、歴史、地理、政治経済(軍事含む)

    といった具合に、わかれていくのですが

    要はそれぞれが、それぞれの小さな世界で生きていくためのものを学ぶにとどまっていました。

     

    読み書き、そろばんに至っては、特殊技能として区分され

    高官として重宝される時代、国が圧倒的多数です。

     

    余談ですが、

    明智光秀は、「京言葉」を読み書きし、話し、

    「尾張弁」もいけるので、重用されたという話があります。

     

    さて

    よく取りざたされる「江戸(時代区分的には近世)の寺子屋」

    統計の取り方次第なので、ざっくり書くと

    日本全体(北海道、沖縄は除外)での識字率は20%前後

    男女別だと、男40%〜50% 女10%前後

    いわゆる士農工商別に考えると

    武士の割合、扱える文字数は多く

    商人は、割合が高いとはいえ、扱える文字はそこそこ

    農家(名主や庄屋は別)の割合はもっと低くなり、扱える文字はわずか

    地方別にみると、また別の結果が見えてきて面白いのですが、割愛。

     

    教える内容は、地域ごと、寺子屋ごとにばらばらなので一概には言えませんが

    ・読み書きそろばん ・地理歴史 ・儒学(朱子学)がメインで

    「寺子屋」の名前通り

    ・廊下の雑巾がけなどの各種掃除

    ・修行

    ・集団行動での行動規範

    も、多くで行われていたようです。

    ※ちなみに、寺子屋に通っていた子どもは、そのほとんどが次男以下

     寺子屋が増えたのは、江戸後期から明治初頭

     毒を少しだけ吐くと、集団での掃除や整然とした行列が「軍隊からの〜」というのは、

     半分正解、半分不正解です。

     集団登下校は、寺子屋でも多くが行ってましたし 歩き方も身分や場所によって決められていました。

     一人称も決まってましたしね。 

     

    当時の欧米諸国に比べ識字率が「高い」とされるのは

    他の国々がもっと「低い」ということ

    近世、近代に入っても「学校」は、まだまだ一部の人だけだったということです。

     

    とはいえ、近世、近代になって学校が増え通う人が多くなったのは事実

     

    何がその転換期となったのか

    それは「近代」を「近代」と呼ぶ所以の1つ

    「革命」それに続く「民主主義」「資本主義」および「社会主義」が誕生したこと

    それの意味するところは、「統治」と「戦争」が特殊技能ではなくなったということ。

    これが大きいと思います。

     

    日本で言えば

    いくら「寺子屋で識字率が〜」とはいえ、

    当時、九州と東京では言葉が通じないのが常識

    文字も、今でも異字体の「国」「邦」「圀」「國」が残っているように、てんでバラバラ

    規範や常識、歴史観も「お雑煮」よろしくバラバラ

    物の企画も価値も違うので、共通の部品も作れない

    何もかもがバラバラなのに

    民主主義だ、国だ、戦争だ

    といくら言っても、文字通りお話にもなりません。

     

    それは、日本以外でも同じ

    そうなると必然

    「言語の統一」「歴史の一本化」「技術の統一」

    といったことが必要不可欠になっていきます。

    ※残念ながら、女性は除外

     

    そして、必然

    長くなると…

    私の中ではもう少しでゴールなのですが…

     

    こんな文章でも読んでくれている人達に申し訳なく思いつつ

    次回で必ず終わらせます!

     

     

     

    ー西宮サドベリースクールー
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    77歩目「冒険者2」

  • 2017.01.26 Thursday

  • ー匆饑を身につける

    ⊃べていく手段を身につける

    それが教育で一番大事

    という記事から

     

    本当にそうなのか、

    そうだとしたら、今は何が足りないのか

    足りないならどうしたらいいのか

    などなど、無い頭で考察をしてみてます。

     

    まず私の答えは

     

    「確かにその通り」

     

    おそらく、他の多くの方も

    間違ってるか、間違ってないかで問えば

    「間違ってない」となると思います。

     

    では、今は何が足りないのか

    正直、両方とも足りていないと感じます。

     

    社会性は、

    短い教員生活で、実社会との乖離を常に感じていました。

    「社会に出てからが勝負」

    という言葉があることが、端的に示していると思います。

     

    「学校では教えてくれない○○」

    などという売り文句で、書籍や番組などが作られるのはその一端であり、

    少なからず共感し得る文句だからでしょう。

     

    食べていける手段は

    とりあえず社会科に限ると

    99%(1%はそれを生業とする人)必要ありません。

     

    かの征夷大将軍、坂上田村麻呂は料理を教えないですし

    井伊直虎も電気代の払い方を教えてはくれません。

     

    そう考えると、多くの人にとって

    (わかりやすいので教科名で)

     

    社会科は、99%必要なし

    国語、読み書き以外必要なし

    算数(数学)、四則計算のみ

    理科、10%(お湯は氷を入れたら冷めるとか)くらいは必要

    英語(他言語)、日本で暮らすならほぼ必要なし

    技術、知ってて損はなし

    家庭科、調理実習を中心に必要

    体育、必要なし

    保健、20%(手当の仕方)くらいは必要

    音楽、必要なし

    道徳、誰か1人(国や県、市町村)が胸を張って教える必要なし

       家族と親族隣近所で十分

    総合、必要なし

     

    完全に独断と偏見によるものですが

    ー匆饑と⊆蠅某Δ妨造襪箸海Δ覆蠅泙后

    (反論があると思いますが、)

     

    ということは

    日本だけの話ではなく

    学校という存在自体がいらない

    少なくとも「義務教育」というシステムと「カリキュラム」が無用の長物

    ということになります。

     

    ではなぜ、古今東西多くの国々で

    学校という制度をつくり、義務教育をつくり、

    中身に差異はあれど、教科やカリキュラムが存在しているのか

    もちろん「国の政策としてトップダウン」というのはあるでしょう。

    でも、それだけなのでしょうか。

     

    長く書きましたが

    「学校で習うことは役に立たない」と思ってる人は多いはずです。

    古代エジプトでも、古代中国でも

    「学校で習うことは役に立たない」「学校(にあたるもの)をサボる」

    というような記述が残っているので

    今に始まったことじゃないのです。

     

    ということは、いくらでも反発して

    そういう制度自体をなくしちゃったりもできる時間は

    たっぷりあったのにもかかわらず・・・なのです。

     

    とても不思議なので

    ここらも交えて、独り言的考察を次回も続けようと思います。

     

     

     

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    76歩目「冒険者1」

  • 2017.01.19 Thursday

  • 先日読んだ教育に関する記事に

    「教育(家庭や学校も含めた広義の意味)には2つの目的がある

     1つは、社会性のある人間を育てる

     1つは、食べていく手段を身につける」

    といったようなことが書いてありました。

     

    つまりは

     

    いかに大望をかがげようとも

    社会性が著しく欠けていれば、生きていくうえでのハードルは高くなるでしょう。

    (そんなハードルがある世の中がおかしい!といった話とは別に、ただただ単純に)

    たとえ、無人島に孤独に住んでいたとしても

    対人ではない、社会性が生きていくには必要です。

     

    お金を稼ぐにしろ、料理にしろ、自給自足、狩猟採集にしろ

    食べていく手段を持ち得なければ

    当然、生きていくことはできません。

     

    なるほど確かに

    極論ではあれ、この2つを手に入れていれば、

    将来は安泰、くいっぱぐれず、

    贅沢は出来ずとも、安定した人生を楽しむことができます。

    間違いはないです。

     

    そして、多くの人がそうでありたいと願ってもいるはずです。

    親であれば、自分はもちろん、子どもたちの将来も含めて

    我子の幸せを望まない親などは、極々わずかです(そう信じています)

     

    なので、初めの2つが体得できるのであれば

    教育に関する問題は、ほぼほぼ解決されると思います。

     

    みんなが安心で安定して暮らせるのですから

    否定も、文句の言いようもありません。

     

    逆に言えば

    今、教育に関して多くの声が上がっているのは

    この2つが出来ていないからということです。

     

    さてさて、果たして,本当にそうなんでしょうか…

    なんだか、とっても大事な気がしたので

    自分の脳みその整理も兼ねて

    次週に、もう少し掘り下げてみたいと思います。

     

     

     

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    75歩目「抱負」

  • 2017.01.12 Thursday

  • 明けましておめでとうございます。

     

    1年前のブログで

    「1年の計を何か立てる」ことを計とする

    としましたが

    1つわかったことがあります。

     

    「具体的な計画を立てるのが下手くそ」

     

    薄々はわかってましたけど

    メタ認知を改めてすると、

    まずまずダメ人間ですね。

     

    とはいえ

    今できないことが明日にできるようになることは

    まずまずないので

    「計」は今のところ棚上げしておいて

    今年は「抱負」にしておきます。

     

    ということで

    自分も含め、私と関わる人たちが、結果笑顔であるように

    ウィンウィンであれるように心掛けたいです。

     

    今年も西宮サドベリースクール共々

    よろしくお願い致します。

     

     

     

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    61歩目「アラフォー」

  • 2016.09.01 Thursday

  • 私事ですが

    先日アラフォーとなりました。

     

    子どもたちから

    手作りの「きな粉アイスコーヒー添え」や

     

    サンドウィッチまで頂きました。

     

    普段から

    コンビニ食が主体なので

    「早死にするで」と

    時々差し入れをもらったりもします。

    「気は心」なので、なにもなくても嬉しいものですが

    ありがたいことです。

     

    これは、うかうか死ねませんね。

     

     

     

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    60歩目「伝える」

  • 2016.08.25 Thursday

  • 「伝える」という行為は全生物共通の本能です。

     

    最たるものは

    親から子へ伝わる

    「遺伝子」

     

    「教育」も「伝える」という行為の一部ですが

    それも人間だけの特殊行為ではありません。

     

    幸島の「イモ洗いのサル」など

    生存に必要でないものが伝わることもありますが

    その多くは、生存する(子孫を残す)ために必要なものです。

    そうしなければ、最悪「絶滅」ということにもなります。

     

    では、人間社会ではどうなのか

    学校はもちろん、大学でも会社でも家でも、

    その多くは

    「種の存続」「絶滅を避ける」ための類のものは少ない

    そう思います。

    これは、ヒトが、少々のことでは「絶滅しない」という

    ある意味での余裕の表れなのでしょう。

     

    だからこそ、国、民族、地域、コミュニティー、家と

    多種多様な「教育」方法、つまりは「伝え方」があり

    どれもが正解で、どれもが不正解ということの下地だと思います。

    たとえ間違ってても、そうそう「絶滅」しないですからね。

     

    アメリカの学者がこんなことを言っていました。

    「人間の遺伝子は、もうこれ以上進化しないレベルにある

    ということは、もう進化しないのか?

    対応できず、恐竜のように滅んでいくのか

    いいえ、人間のもつ言葉や文字などの伝えるという能力は、

    世代を飛び越えれる、新しい遺伝子だと考えています」

     

    ということで、世代を飛び越える新しい遺伝子を使って

    スクールの子どもに伝えてみました。

    伝わったかなぁ・・・

     

     

     

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    54歩目「民主主義も道半ば」

  • 2016.06.30 Thursday

  • 参議院選挙が近いので、一考でも

     

    選挙は、民主主義の要の1つです。

    直接的であれ、間接的であれ

    「自分の代わり」である「代表者」を選ぶというものです。

    ※ちなみに「直接民主制」をとってる国はほとんどありません。

     アメリカ大統領は、国民が選んだ「選挙人」によって投票される。

     

    「○○党がどうだ」や「選挙の方法が」などということは

    当然書きませんし、書くつもりも毛頭ないです。

     

    ただ、選挙の時にいつも怖いと思うのは

    「政治的無関心」と「ポピュリズム」

     

    「政治的無関心」は、文字通り(定義は何個かありますが)「政治に無関心」なこと

    「ポピュリズム」は、説明が煩雑になるので「こちらを参照」でお願いしますが

    かなり端的に、極端に言うと「その時の、その場のノリ」

    めちゃくちゃ語弊がある言い方なんですけどね。。。

    例で良くあげられるのが、ナチスドイツや、かつての日本の学生運動など

    個人的にあげときたのは、ナポレオン・ボナパルト

     

    サドベリースクールは、

    民主主義に生まれ、民主主義の中で育ち、民主主義に則って動いています。

    子どもたちも、スクールに関することに1票を持ち、決定権を有しています。

    ということは、いつでもこの危険性をはらんでいます。

    失敗もあったと思います。

    ただ、18歳から突然に

    ということではなく、最低で4歳からですから

    本当の選挙権を持つまでに、多くの知識と経験値を積めるのが利点ですね。

     

    え?私はポピュリズムとやらにならないのか?

    多分なっちゃうんでしょうね。。。

    だって、関西人は「ノリ」が大切ですやん。

     

     

     

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    50歩目「背中」

  • 2016.06.02 Thursday

  • 人生50年と言いますが
    ブログも50回目となりました。
    特に記念ではないですが、
    筆不精な我ながら(仕事ですが)よく書いたものです。
    よく書いたついでに、たまには長く個人的な思いでも書いてみました。

    スクールでは
    スタッフとして、これでも色々と思いにはせてたりします。
    例えば、学校の教科には
    授業を通して学んでほしい、伝えたいことが
    教科書全体、及びすべてのページに設定されています。
    社会科の場合なら
    「多面的、多角的に物事をみる力」とか
    「異文化への理解」など
    それが、理想や絵空事であったとしても
    多くの先生方は、今の自分が持ちうる方法、手段、知識、知恵を総動員して
    (少なくとも私の周りの先生方は)毎回授業をしています。
    1人でも多くの子どもたちに伝わるようにと…

    では、サドベリーのスタッフはというと
    基本的に何も教えないし、指示も特にしません。
    必然事務作業が中心となります。
    子どもや教育に興味なくともスタッフができるかと聞かれれば
    答えは「YES」だと思っています。
    むしろ、事務能力や広報力に長けている人の方が
    スクールの未来にとっては良いとさえ思っています。
    もちろん、両方あればそれがBESTでしょう。。

    となると、私がスクールでできることと言えば何か
    話を聞くこと、話相手になること、笑わすこと

    後は絵を描くことくらいです。
    やっていることは
    教師時代の10分休みや放課後(たしか授業の大半も)とさして変わりません。

    それが、元教え子たちの何になったのか
    サドベリーの子どもたちにとって何になるのか
    それはさっぱりわかりません。
    私にはこれくらいしかできないので、
    反面教師であっても、誰かに何かが伝わったらいいなーと
    そう思っています。

    個人的には
    「沈黙は金」
    背中で語る、渋いおじさんになりたいのですけどね。。。



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    45歩目「スタッフの仕事」

  • 2016.04.27 Wednesday

  • 「何を教えてるの?」
    と、聞かれることがしばしばあります。

    答えは
    「何も教えていない」
    です。

    多分この質問の中の「教える」は
    「教科」「食育」「道徳」などを
    「大人たち」が「教える」という意味が含まれていると思います。

    西宮サドベリースクールでは、それらは全て
    子どもたちが「自分自身で学んでいく」ところです。

    スタッフは、子どもたちから何かしら請われて、
    そこで初めて動き出します。

    「子どもたちが主体的に」なんてこともよく言いますが
    「主体者」がいるから「能動者」がいて
    「能動者」がいるから「主体者」がいる
    「主体的」と「能動的」は、相反することじゃなく相互関係なのです。

    公立、私学などの一条校は
    子どもたち、児童、生徒、学生が「能動者」であることが多く
    サドベリーは「主体者」であることが多い
    どちらが良い悪いではなく、シンプルに、ただのそれだけの違いです。

    そして「能動者」側は、オールマイティさを求められることが多かったりします。

    ということは
    最初の質問のもう1つの答えは
    「なんでも」
    です。

    数学も


    運動も


    ギターも


    クッションの修繕も


    穴掘りも

    請われればなんでも引き受けます。
    もちろんスタッフとて、できないことがあって当然
    なので、誰に何を、どう聞けばいいかも子どもたちの学びです。

    あとは
    こういったブログを書いたり
    会計したり
    電球変えたり
    草むしりしたり
    西宮サドベリースクールでは、これもスタッフの仕事です。

    どうです?
    素敵な「能動者」をやってみませんか?



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    40歩目「シンプル」

  • 2016.03.10 Thursday

  • 西宮サドベリースクールでは
    1年ごとに子どもたちによる投票でスタッフが選ばれます。
    オルタナティブスクールでの学びの見せどころですね。
    そして先日、来年度スタッフ立候補者による
    プレゼンテーションが行われました。

    去年度も立候補するのに、アレコレ色々と悩みましたが
    今年もあれこれ色々悩みました。
    一番大きく悩んだのは「教育とはなにか」ということ
    これは教師時代…いえ、それ以前からずっと悩んでることなのですが
    恐らく、一生かかって答えを出していくタイプの問でしょう。
    そして、答えが出た時は、教育者を辞める時だとも思っています。

    さてさて、それじゃなぜ今年も立候補させてもらったのか


    こんな笑顔や



    真剣な表情


    そして


    こんなおバカな姿に敵う理由などないですね。

    人間、
    あれやこれやと悩んだり、考えたり、理由を付けたりして
    ややこしいことも多いですが
    存外シンプルなものも多いもんです。
    いや、ただ単に私が単純なだけかもね



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    阪上 暢義 (のぶ)

    兵庫県宝塚市在住
    関西大学文学部史学地理学科を卒業
    サラリーマンを経て、中学教員を10年続け、2015年度より西宮サドベリースクールのスタッフとなる。
    恐竜とLEGOと社会と音楽と映画と…
    とにかく好きなことが多い
    (心は)16歳。






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